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  • 2016.06.29 Wednesday
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●恋愛もので探して。陽だまり〜と一緒に図書館で借りた。
●浅間山荘事件と同日に、男1人を殺し、男1人に重傷を負わせた犯罪者、矢野布美子。彼女が罪を犯すまでの物語。学生運動が盛んな時期、20歳の大学生だった布美子は、大学教授である片瀬信太郎と、その妻雛子と出会った。信太郎の仕事を手伝ううちに、布美子は片瀬夫妻に惹かれ、二人に恋をするようになる。夫妻に可愛がられて幸せな日々を過ごす布美子だが、あることがきっかけで、その幸せにひびが入っていく。

おもしろかったー 読み応えがあった。
性に奔放で妖婦のような雛子と、それを余裕で見守る信太郎は、実際本当に気持ち悪いけど魅力的でもあって、二人に惹かれる布美子の気持ちが良く分かった。布美子が受ける動揺や幸福が伝わってきて、物語に入りきって最後まで楽しめた。布美子に共感しきっていたので、大久保が憎たらしくて憎たらしくて。殺したろかと思うのもよく分かったよ。悪いけど、彼がいなくなってスッキリした。結末は予想ができたのでとりたてて感動しなかったけど、読みきったホカホカ感があった。

結局布美子は幸せだったのかというと、一応幸せだったのだろうな。夫妻にはあくまでペットとして愛されていたのだと思うけど、ペットという自覚があれば、ペットはペットなりに愛されたら幸せだろう。布美子は、強いきずなで結ばれて愛し合う夫妻を愛していたのだから、次点でなければむしろ困っただろう。
大久保の登場で壊れたと3人の恋は、大久保の死によって完全に壊れてしまった。布美子は社会的人生を失って監獄へ。信太郎は足を失い、雛子は最初で最後の精神的な恋を失った。その後、夫妻は再び夫妻になってるわけだけど、これはどうしたことなんだろうね。二人は結局、一緒でないと生きていけないと分かったのかな。それでも二人の関係は変わったに違いない。どんな関係になったのか気になるなぁ。

陽だまりの彼女

●恋愛もので探して、深く考えず、図書館で借りた。
●広告代理店で働く浩介は、クライアントとの打ち合わせで、中学生の同級生と再会した。彼女は中学でバカの異名をほしいままにしていた真緒。バカすぎていじめられていた彼女を、浩介は一度だけ我慢できずに助けたことがあったのだった。それ以来真緒は浩介になついて付きまとっていたのだが、浩介の引っ越しがきっかけで二人は会わなくなっていた。10年の時を経て再会した真緒は、なんかキレイになってるしデキる女になっていた。なんだかんだでつき合いはじめ、幸せ絶頂の二人だったが、真緒にはどうにも秘密があるようだった…。

えっこれは。
これはその。

〈いつも以上にネタばれ〉
おおむね、アマゾンで低い評価をつけている人たちと、同じような感想です。
いや、最後、そんなにアクロバティックエクストリームファンタジーフィニッシュになるとは思わないやん?w

もう少し最初の方で分かりやすく匂わせてくれたらなぁ…。
でも、アマゾンの高い評価の人の中には「すぐ分かった」とか書いてる人もいるから、分かる人にはちゃんと分かるのかな。

最初の盛り上げ方はとても心地が良くて、ベタベタ甘甘な雰囲気でも、不穏な謎があるからぐいぐい読めた。
「どうすんの?」「どう片づけんの?」「これどう始末付けんの??」と、興味がわきまくりでしたよ。
その分、ファンタジーな結末だったから落胆が。

つじつまが合わないような文章やセリフも、今思うと全部伏線だったんだね。
謎が分かった今、もう一度読んだらおもしろいのだろうなーと思う。
けど、最後の失望が大きすぎて、いまいちもう一度読む気にならないんだよなぁ。


「獣との純愛」というテーマで考えると、それこそ変態すぎて私はとても好きそうなテーマなんだけどなぁ。
でも、この本は、あくまで泣ける純愛や切ない純愛をめざしたのであって、変態的純愛じゃないんだよね。残念。
(しかしこの点を残念に思っている人は少数派かもしれない)。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

●桜庭さんの本、第二弾。図書館で借りた
●父親を亡くし、貧乏で、引きこもりで夢見がちな兄(ただし美少年)をもつ中学生、山田なぎさ。現実的な彼女は「早く大人になって稼がねば」と考えている。彼女のクラスに、「ぼくは人魚」とか言う痛い美少女・海野藻屑が都会から転校してきた。有名なミュージシャンの娘でもある藻屑は、非現実的なことばかり言って、変人である。現実的ななぎさは、藻屑に興味がない。しかし、そんななぎさに興味をもった藻屑は、なぎさと友だちになろうと努力してくる。

おもしろかった。少女には向かない職業と同じと言えば同じなんだけど。貴族のようなお兄ちゃん、頼りなく見える先生などが好きだから、こちらの方が好みかな。前回も思ったけど、読むうちに重大の頃の気持ちが思い出されて、それが痛いけど心地よかった。最後は説明的にも思えるけど、きちんと説明してもらったから分かりやすくて、しみじみ感動した。私も生き残った子どもなんだなぁ。あの頃の気持ちを覚えていて、文章化できるのだから、作家さんて本当にすごいよな。桜庭さんの本、まだまだ読んでみたい!

大黒屋光太夫 上下巻

●勧められて図書館で借りた。私が読んだのは毎日新聞社出版のもの。
●江戸時代。伊勢の船頭・光太夫は、16人の仲間と共に神昌丸に乗りこみ、白子浦から江戸へと出航した。ところが、航行中に大時化に会い、船は半壊。そのまま海上を漂流し、7カ月後にロシアのアムチトカ島へ着く。その後、ロシア国内を約10年間旅して、やっと江戸に帰ってくる。生還したのは光太夫と磯吉の2名のみだった。

ぐはー。疲れた。おもしろかった。読み応えがあったです。新聞に連載されていたそうですが、毎日読んでいたら、もっと感動したに違いないよ。
仲間が一人、また一人と死んでいく中、
「日本に帰りたい」「帰らねばならない」と必死で願い続けた光太夫。過酷な大地で延々10年間も大冒険。…こんなの帰国したときに感動しないわけないじゃないか。
大冒険の内容もいちいち濃いのだよ。最初の大時化は、本当に恐ろしくて大迫力。羆嵐のときも思ったけど、自然の恐ろしさを描くのがうまいよなぁ。その後もドラマは続き、船を一人で陸へと導いたと言っても過言ではないベテラン船頭の死、原住民とロシア人の血みどろの抗争に巻き込まれ、ロシア人と協力して船をつくり、オホーツクでは若い仲間が地元の美少女と危うく結婚しそうになり、荒野を行進中に仲間が凍傷にかかり(ここの描写がとてつもなく恐ろしい)、イルクーツクでは絶望した仲間がロシア正教に改宗(日本では改宗した者は国に入れない=ロシア永住決定)、エカチェリーナとの奇跡の謁見が叶い、やっと日本に帰れたと思ったら北海道で仲間1人死亡、江戸へ帰ったときは光太夫と磯吉だけになっていた。
ああ、全部書いてしまった。

光太夫は、「ロシアに漂着して日本に帰国できた者は一人もいない」という事実を知りながら、現地の超善人学者キリロ様の協力で、3度も願書を書くのだけど、全部却下・無視されてしまう。業を煮やしたキリロが光太夫をエカチェリーナの住むペテルブルグに連れていくんだけど、そこでも願書は無視されてしまう。運悪くエカチェリーナは避暑に行ってしまったのだった。ほとほと疲れきってついに絶望した光太夫が「もうええわ…イルクーツクに戻って死ぬわ…」と、初めて弱音をはいたら、キリロは平然と「なんで?」と首をかしげて「これから始まるというのに、何弱気になってんの」と、光太夫を避暑地へ連れていく。


 なんという人なのか、と思った。光太夫のために再三願書を提出することにつとめ、わざわざペテルブルグに私費で自分を連れて来て用心に願書を出し、反応がないと知ると、皇帝の後を追って別宮のある地に行こうという。そのようなことをしても、キリロ自身にはなんの益もなく、ひたすら光太夫の切望する帰国を実現させようとしているだけなのだ。
 光太夫は、キリロの諦めということを知らぬ不屈な強靭さに驚きを感じた。
 光太夫自身、帰国を切に願ってペテルブルグまできたが、期待できるものはなにもなく、一転してあきらめの境地に身を置くようになった。諦めは一種の心の安らぎをもたらし、なすべきことはしたのだから、もうこれでいいのだという思いがしている。しかし、キリロは、諦めることなど論外として、さらに目的を果たすため力をつくそうと強調している。あきらかにキリロは自分とは全く異質の人間で、それはロシアというきびしい風土の広大な大地に培われたものなのか。
 光太夫は、顔をあげ、改めてキリロの顔を眺めた。
「コレ程努力シテモ、マダ諦メテハイケナイト言ウノデスカ」
 光太夫は、弱々しげな声で言った。
「ソウダ、スベテハコレカラ始マルノダ」
 キリロは、大きくうなずいた。


…このシーンが一番印象的だった。なんだか、私が何となく想像しているロシア人の魅力と合致して。光太夫も大概粘り強いと思うけど、何の得もないのに光太夫を助ける点と、全然屈する様子がない点は、キリロさま底なしに図太すぎる。怖い。この人怖い。ものごとをとらえる視点や時間軸が、全然ちがいそうだよ。

全体を通してしみじみ思ったのは、光太夫が幸運すぎるってこと。これの前に、司馬遼太郎の「空海」を読んで「幸運すぎるよ空海」と思ったけど、それと同じ感覚。
もちろん本人の才覚が抜きんでいたというのは疑いようもないけど、それにしても、やはり歴史に残るような人物は才覚だけでは無理だ。幸運だ。あまりにも幸運すぎる。過酷すぎる経験を味わった光太夫を幸運だというのは変かもしれないけど、その運命は、ちょっと神に導かれたとしか思えない。空海とちがって、その後の社会や人間にとてつもない影響を与えたわけではないけどね。神さまが人を選ぶ尺度は、そういうことではないのかもしれない。

幻燈辻馬車 上下巻

●冬のストレス解消に購入。
●明治時代のお話。会津藩の生き残りである干潟干兵衛が主人公。妻と息子を失った干兵衛は、今は東京で暮らしている。幼い孫を馬車に乗せて、辻馬車で生計を立てている。息子の霊と妻の霊がたまに出てくる。自由民権運動が盛んな東京で、干兵衛は明治の事件や人物と関わりながら、辻馬車を走らせる。

途中までは少々たらたらしたけど、最後はもりあがったなぁ。
明治ものはこっちがドン引く設定やキャラがないと思っていたけど、この作品はそこそこあったと思うよ。
霊感ビキビキの幼子とか、血みどろの息子&妻とか。

少女には向かない職業

●桜庭さんの本を読んでみたかった。ブッコフで100円
●山口県の島(要は田舎)に住んでいる13才の大西葵。元美人の母親と、酒飲みで元漁師の義父と暮らしている。学校では明るい子を演じて、友だちとそこそこうまくやっている。そんな葵が、島で有力者の孫・静香と出会い、ひょんなことから殺人を犯してしまう。

おう、おもしろい。読んでてつらい気持ちにもなったけど、おもしろかったよ。
ラノベ風、もしくはケータイ小説風かと想像していたけど、どっしり文学風だった。
桜庭さんの本、もっと読んでみたいな。

静香が謎の女の子として登場し、彼女の正体が最後の方までよく分からないのだけど、実に現実的な存在でほっとした。
弱くて強くて、普通の女の子だった。それは葵も同じく。
閉塞感が漂う田舎町で、家族とも、友だちとも、強いつながりが感じられない。
少し好きだった男の子は、もしかしてと思ったけど、やっぱり自分には興味なくて、他の子と付き合っちゃった。
…という、うっすらした絶望が主人公にまとわりついていて、ああ、青春ですね。
この年齢の頃って、生きていくのつらいよね。
そういうことを生き生きと思い出してしんどかったけど、おもしろかった。
大人になってるのにこういう物語が書ける作家さんて、すごいよなぁ。

エマ

ジェイン オースティン
中央公論新社
¥ 1,543
(2006-02)

●青山出版社のぶんを図書館で借りたが、返却期限が来て返却してしまい、やむなく中公文庫を古本で買った。超太い。
●あらすじ略

青山出版社のハーディング祥子さんの訳は、現代風でとても分かりやすかったのだけど、
途中から中公文庫に変えて、なかなかその文体に慣れるのに苦労した。でも、慣れたらこっちも味があって好きだな。

エマだけでなく、他の登場人物の恋愛模様も生き生きと描かれていておもしろかった。
エマは本当に未熟者で高慢ちきな娘なのだけど、それだけの子ではなく、
失敗すれば反省できるし、明るく元気で優しい子でもある。
単純なようで複雑な人で、おもしろかった。

おしゃべりなベイツ老嬢がおしゃべりするところは、「ベイツ老嬢はしゃべり続けた」で済ませるのでなく、
具体的なおしゃべり内容が延々とページをまたいで続いていくことに関心する。
主人公たちと同じぐらいうんざりできる。うんざりできるけど、やっぱりベイツさんの優しさにも感心できるつくり。
エルトン夫人の鬱陶しさなども、「エルトン婦人は鬱陶しい」で済ませるのでなく、
彼女の台詞や行動やふるまいでじっくり見せる。いかに彼女が鬱陶しいかを堪能できます。

で、たぶん、現代人の多くは、ハリエット嬢のあつかいに「あんまりだろ」「ひでえよ」と思うんじゃないだろうか。

私も思った。とてつもないかませ犬っぷり。『花子とアン』の醍醐さん級。
ハリエットは、エマの自己満足に散々振り回されて、ほとんど人生を棒に振りかけた。
人生棒に振る前にギリギリ何とかなったけど、エマの自己満足のネタとして振り回された経験は、
生涯のトラウマになると思う。あんなことされたら、謙虚通り越して自己評価低くなる。それぐらい酷い。
もしかして、当時は「商人の子がこのようなあつかいを受けるのは当然」とか、
「この程度の幸せではあるが、むしろ、この程度でも幸せが得られただけでも彼女はラッキーだった」とかいう考え方で、
それでみんな納得してたんだろうか。そうかもしれない。
もしかしたら、ハリエットも「商人の子の私があんな世界に接しただけでもラッキーだった」って納得し、
幸せに思ってる…のかも…?

当時の階級意識が理解できていないと、ハリエットの件はそうそう納得できないよなぁ。
(当然私も理解できてないので、納得しにくい)。

妖異金瓶梅

●買った。
●大金持ちの西門慶は、後宮を構えて何人も愛人を囲っている。第5夫人の潘金蓮は稀代の妖婦(出た)で、人殺しなど平気でやりかねない感じの女。呉服屋の息子・応伯爵は、西門慶の友だち面をして、ひょうひょうと後宮を出入りする男だ。物語は推理サスペンスで、毎回誰かが死んだり、誰かが大変な目に会う。謎を解くのは応伯爵。でも、応伯爵は密かに金蓮に惚れているから、彼女の不利になるような真相は、絶対に周囲に漏らさない…。

まだ読んでいない山田風太郎があるというのは嬉しいことだ。
まあ、おもしろいのかって言われたら、普通やけど…。
それでも、やたらに大仰なエログロシーンは、もはや「待ってました」の域。安心する。
しゃあしゃあと残酷なことをやらかすエロ姐さん・金蓮(
西門慶一筋)と、ひょうひょうとして誰にでも好かれるような軽い男を演じながら、実は死ぬほど金蓮が好きな応さんのキャラクターは魅力的。
推理ものってそんなに気が乗らないんだけど、二人の楽しいかけ合いで最後まで読んだ。

聞き出す力

吉田 豪
日本文芸社
¥ 864
(2014-12-19)

●古本出購入
●あらすじ略。

おもしろかったよ。サラサラ読めるよ。

私もインタビューをすることがよくあるので、いろいろためになった。
一番ためになったのは「常に堂々としていろ」ということ。
えらい人に話を聞くときは、どうしても緊張しちゃうんだけど、堂々としてりゃいいって。
確かに、完ぺきに予習していったのなら、恐れることなどないよね。

そのほか、常識的であること(遅刻しないとか)の重要性とかも、納得だよ。
私は、書く力や発想力などに自信がないから、きちんとした対応で点数稼ぐしかないと常々思っていて。
でも、このクリエイティブ(笑)な世界を志す若い人の中には、
「才能があれば非常識で構わない」って思ってる人がたまにホントにいるんだよね。
非常識で許されるのはピカソ級の天才だけだし、
そもそも才能をにおわせる実績すらない若い人は、熱意と誠実さでまずは仕事をいただくのが近道。
仕事をもらえたら、そこでやっと才能を発揮できるわけでね。

一方、有名人をインタビューする場合と、私のように素人をインタビューする場合は、
スタンスがちがうのかもしれないと思った。
私は、時間があれば、既に知っている情報を本人にしゃべってもらうことがあるんだけど、
(淡々とした情報をあえて語らせると、その人が大切に思ってる部分の糸口が見つかることもあるので)、
有名人はインタビューされまくってるから、同じこと言わされるのはうんざりするだろうね。
そこは予習でカバーしてあげたいとこだ。
有名人をインタビューすることがあるか分からないが、勉強になったよ。
いや、事前の情報が膨大な分、有名人のインタビューは予習が大変だね。

有名人のおもしろエピソードもあって楽しかった。
他の本も読んでみようかな。

高慢と偏見とゾンビ

ジェイン・オースティン,セス・グレアム=スミス
二見書房
¥ 1,028
(2010-01-20)

●図書館で借りた。『高慢と偏見』の横に置いてあったからだ。
●あらすじ略。

うむ。くだらぬ。
アメリカのB級コメディ映画を見ている気分。みていて『
チアリーダー忍者』を思い出しました。
ああいうの観る気分で読んだらいいんだよ。いやそうに違いない。それには絶対の自信を感じた。

内容は、高慢と偏見にゾンビ要素を入れた物語で、それ以上でもそれ以下でもない。
でも、ゾンビ要素のナチュラルな挿入具合は素晴らしいと思った。
変にオリジナルをぐりぐり入れてこないところにパロディセンスを感じた。
いや、変なオリジナル設定・展開もいっぱいあるんだけどさ。

高慢と偏見をある意味読みなおしている気分にもなれて良かったな。

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